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TRIAL 試し読み

サビン

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第1話

“疑念”の番人サビンは、古代ピラミッドの地下墓地に立っていた。呼吸は乱れ、汗びっしょりで、手は敵の血に染まり、体は傷とあざだらけだ。彼は殺戮の現場を見まわした。彼もまたこの血の海を作り出した一人だ。
たいまつの炎がオレンジと金色にちらつき、石壁に伸びる影と混じりあう。壁には深紅のしぶきが飛び散り、ぽたぽたと垂れ……血だまりを作っていく。砂混じりの床は黒く濡れてべとついている。三十分前に一行が通ったとき壁は明るい茶色だった。今、この狭い通路のいたるところに死体が並び、早くも死臭を漂わせている。
この戦いで九人の敵が生き残った。九人は武器を取りあげられて片隅に追いやられ、縛りあげられた。恐怖で震える者がほとんどだ。数人だけが背筋を伸ばして顔を上げ、目に憎しみを浮かべている。負けてもうなだれる気はないのだ。感心じゃないか。
残念だが、そんな度胸は叩きつぶすしかない。
強者は秘密をもらさない。だがサビンがほしいのはその秘密だ。
サビンはどんな命令を受けようと、しかるべきときにしかるべきことをやり遂げる戦士だ。殺戮、拷問、誘惑。そして同じことを仲間にもためらわず命じる。ハンターは彼ら暗黒の戦士が世の悪の根源だと決めつけている。ハンターに勝たなくては意味がない。この戦いに勝利してこそ、サビンの仲間に平穏が訪れる。当然の権利だ。どうしても仲間に平穏な日々を送らせたいとサビンは思っていた。
乱れた浅い息づかいが聞こえる。それは自分自身の息であり、仲間の、そして敵の息でもある。誰もが持てる力すべてで戦った。これは善と悪の戦いであり、悪が勝った。いや、“ハンターが悪とみなした者”と言ったほうが正しい。サビンも、きょうだいの絆で結ばれた戦士たちも、そうは思っていない。
戦士たちはその昔、パンドラの箱を開けて災いを世に放った。そして永遠の罰としておのおのがその災いを身に宿す呪いを神々から受けた。たしかに彼らはかつては悪の半身の奴隷であり、破壊と暴力にまみれ、良心のない殺戮者だった。だがいまや戦士たちは魔物を手なずけ、ほとんど人間といっていい存在となった。
それでもときおり魔物は抗い、戦士を支配し、破壊する。
だが生きる権利はあるはずだとサビンは思う。人間と同じく、戦士たちも友が傷つけば苦しみ、本を読み、映画を観、寄付もする。恋することもある。だがハンターはそうは考えない。暗黒の戦士がいなくなれば世界はよくなると信じている。平和で完璧なユートピアになると思っている。どんな罪も魔物のせいにしているのだ。手の施しようのない愚か者だからなのか、人生に満足できないのを人のせいにしているのか、どちらだろう。どちらにしても、奴らを殺すことがサビンの人生の最重要課題となった。奴らのいない世界こそサビンのユートピアだ。
そのために戦士たちは安全なブダペストの城をあとにし、この三週間というもの、エジプトの荒れ果てたピラミッドをしらみつぶしにあたって、パンドラの箱の発見につながる聖遺物を探してきた。このパンドラの箱をハンターは戦士たちを倒すために使おうと考えている。そしてサビンらはようやく求めるピラミッドを探しあてた。

「アムン」

サビンは向こうの暗い片隅にアムンがいるのを見つけて声をかけた。アムンはいつものようにすっぽりと影にとけこんでいる。サビンは捕らわれたハンターたちのほうに無表情で首を振ってみせた。

「何をすればいいかわかってるな」

“秘密”の番人アムンは険しい顔でうなずき、こちらに歩いてきた。ひと言でも言葉をもらせば数世紀にわたって集めてきた秘密が流れ出すとでも思っているのか、いつも押し黙っている。
生き残ったハンターたちは、シルクを裂くナイフのごとく仲間を切り裂いたたくましい戦士が近づいてくるのを見て、一様に後ずさった。勇敢な者でさえそうだ。それも無理はない。
アムンは長身で引き締まった筋肉質の体を持ち、足取りは断固としながらも優雅だ。ただ断固としているだけならほかの兵士と変わらない。優雅さが加わっているからこそ、獲物をくわえて運ぶ猛獣さながらの静かな残虐さが感じとれるのだ。
アムンはハンターの前まで来ると足を止め、男たちを見まわした。と、すっと前に出て真ん中の男の喉をつかみ、目と目が合うまで体を持ちあげた。男の足がぶらりと垂れ、両手がアムンの手首をつかむ。その顔から血の気が引いていく。

「その手を離せ、汚らわしい魔物め」

ハンターの一人が怒鳴り、仲間の腰にすがりついた。

「どれほど大勢の無実の人間を殺し、人生を破壊したと思ってるんだ!」

アムンは動かなかった。仲間たちも。

「この男は善人だ」

別のハンターが声をあげた。

「殺される理由なんかない。それもこんな邪悪な奴らの手で!」

次の瞬間、青い髪、鋼色がかった青い瞳を持つ“嘘”の番人ギデオンがアムンの隣に立ち、抗議の声は消えた。

「また手出ししたら死ぬほどキスしてやるからな」

そう言うと彼は刃先がぎざぎざになったナイフを二本引き抜いた。さっきの戦闘で血まみれになったままだ。 ギデオンの逆転した世界では“キスする”は“ぶちのめす”を意味する。それとも“殺す”だろうか?サビンはギデオンの文法がわからなくなった。
狐につままれたような沈黙があり、ハンターたちはギデオンの言葉の真意を推し量った。答えが出ないうちにアムンがつかんでいた男が静かになり、ぐったりした。アムンが手を離すと男の体は地面に崩れ落ち、動かなくなった。 アムンはしばらくその場に立ち尽くしていた。誰も、ハンターでさえも触れようとしない。ハンターたちは倒れた仲間を蘇生させようと必死なのだ。もう手遅れなのがわかっていない。男の脳はすでに空白だ。奥深く隠された秘密はすべてアムンのものになった。記憶さえアムンのものかもしれない。アムンはサビンにくわしいことを教えてくれないし、サビンも尋ねたことはなかった。
アムンは体をこわばらせ、ゆっくりと振り向いた。その苦しい一瞬、黒い目がサビンの目をとらえ、頭の中に新しい声を取りこんだ苦しみをかいま見せた。やがてアムンはまばたきし、これまで何千回もしてきたように苦痛を隠した。そしてサビンが見守る中、決然とした顔つきで奥の壁に向かって歩いていった。サビンは罪悪感を抱くつもりはなかった。義務は果たさねばならない。
その壁は周囲と同じように見えた。ごつごつした石が斜めに積み重なっているだけだ。アムンは上から七番目の石の上に手のひらを広げて置き、下から五番目の石をもう片方の手でつかんだ。そして片方を左に、もう片方を右に同時にひねった。
手の動きに合わせて石が動いた。
サビンは畏敬の念を持ってその様子を見守った。ほんの一瞬でアムンが手にする莫大な情報量を思うと、いつも驚きを抑えられない。
完全に向きが変わると、ふたつの石の中心に亀裂が生じて上下へと伸びていき、それまでサビンの目には見えなかった壁の一部を浮き彫りにした。次にその部分がじょじょに奥へと動き出し、やがてゆっくりと片側に吸いこまれ始めた。完全に開いたらサビンのような巨漢が揃う一団も楽に通り抜けられるだろう。
広がりつつある入り口を見守っていると、冷たい風が地下墓地を吹き抜け、たいまつの炎がぱちぱちと音をたてた。早く開け、とサビンは石に向かって念じた。石は苦しくなるほどじりじりとしか動かない。

「奥にハンターはいるのか?」

サビンはそうきいて腰からシグ・ザウエルを引き抜き、弾倉を確かめた。三発残っている。ポケットから弾を取り出し、装填する。特注のサイレンサーはつけたままだ。
アムンはうなずき、指を七本立てた。そして広がりつつある入り口の前に立ちはだかった。
ハンター七人に対して戦士は十人。サビンはアムンを数に入れなかった。アムンはやがて頭の中に取りこんだ声に集中力を邪魔され、使い物にならなくなる。それでもアムンが無言で戦闘に加わろうとするのは間違いない。哀れなハンターよ。奴らに勝ち目はない。

「こっちに感づいているか?」

黒髪の頭がかぶりを振った。
監視カメラはないようだ。いいぞ。

「七人のハンターなど赤ん坊の手をひねるようなものだ」

“死”の番人ルシアンが奥の壁に寄りかかったまま言った。顔には血の気がなく、左右で色のちがう目が光って見えるが……発熱か?

「おれのことはかまわず行ってくれ。もう力がない。どちらにしろ、これから死者の魂に付き添わないといけない。それが終わったら捕虜をブダペストの地下牢に瞬間移動させるつもりだ」

“死”の魔物を宿したルシアンは、念じただけで瞬間移動できる。そして死者を地獄へと連れていく役目を担っている。かといって本人が常に無傷かというとそうではない。サビンはルシアンをしげしげと見て顔をしかめた。顔に走る傷が浮き出ているし、鼻の骨が折れている。肩と腹に銃弾のあとがあり、背中の下あたりに血のしみが広がっているところを見ると腎臓もやられたようだ。

「大丈夫か?」

ルシアンは顔をしかめて笑った。

「死にはしない。だが明日になればそれを後悔するだろうな。内臓がいくつかやられている」

それはつらいな。サビン自身、回復した経験があるからわかるのだ。

「手足を再生しなくていいだけましだ」

視界の隅でアムンがさっと手で合図するのが見えた。

「監視カメラがないどころか、奴らは防音壁の中にいるらしい」

サビンは合図を読んだ。
「ここは古代の牢獄だから、主人は奴隷の悲鳴を外にもらしたくなかったんだろう。ハンターはおれたちの存在にまったく気づいていない。となれば不意打ちも簡単だ」

「ただの不意打ちならおれが行くまでもないな。ルシアンと残るよ」

レイエスは壁に寄りかかったまま立ちあがり、もたれかかった。レイエスは“苦痛”の魔物を宿している。肉体的な苦痛が快楽をもたらし、負傷が体力を強める。だがそれは戦闘中だけで、戦いが終われば皆と同じように弱くなる。今のレイエスは仲間の誰よりもぼろぼろの状態だ。あれだけ頬が腫れていればろくに前も見えないだろう。

「捕虜を見張る者も必要だろう」

ということは七対八か。楽勝だ。レイエスが残るのはルシアンの体を敵から守りたいというのが本音にちがいない。ルシアンは肉体ごと異界に飛ぶこともできるのだが、それは体力のあるときだけで、今はおそらくちがう。

「アニヤとダニカに何を言われるか」

サビンはつぶやいた。レイエスもルシアンも最近恋に落ちた。戦士たちがエジプトに向けて発つとき、アニヤとダニカはただひとつのことをサビンに頼んだ。愛する人を無事に連れて帰って、と。
こんなずたずたの状態で皆をブダペストに連れ帰ったら、ダニカはサビンを見てがっかりしたように首を振り、すぐさまレイエスを癒そうとするだろう。サビンはブーツについた泥以下のみじめさを噛みしめることになる。そしてアニヤはルシアンが撃たれたとおりにサビンを撃ち、それからルシアンを慰めるだろう。サビンはたとえようのない苦痛を味わうことになる。

サビンはため息をついて仲間を見まわした。行ける状態の者、残す者を見極めなくては。“暴力”の番人マドックスは史上最高の勇猛な戦士だ。サビンに劣らず血だらけで息も荒いが、もう行く気満々でアムンの隣に立っている。マドックスの恋人もアニヤやダニカと同じ目でサビンを見るにちがいない。
少し目を動かすと美しいカメオが視界に入った。“悲嘆”の番人カメオは仲間の中でただ一人の女戦士だ。体つきこそ小さいが、残忍さはそれをおぎなってあまりある。彼女の場合、口を開くだけでこと足りる。世界中の悲しみのこもったその声を聞けば、指一本触れなくても人間たちはみずから死を選んでしまうのだ。カメオは何者かに首を切られて深い傷を負っていた。だがそんな傷などものともせず、彼女は山刀をぬぐってアムンとマドックスに並んだ。 そしてもう一人。“淫欲”の番人パリスは、かつて一同の中でいちばん陽気な男だった。今の彼は気難しくなり、落ち着きのない毎日を過ごしている。どうしてそうなってしまったのか、サビンにはわからない。理由がなんであれ、さっきまでパリスはハンターの前に立ちはだかり、残虐さを体から発散させ、怒声をあげて戦闘にのめりこんでいた。右脚の二箇所から血が噴き出しているが、休みたいとは言わないはずだ。
パリスの隣には“怒り”の番人アーロンがいた。神々から相手かまわず殺しまくれという呪いをかけられたアーロンは、最近その呪いから解放されたばかりだ。あのころのアーロンは傷つけ、殺すためだけに生きていた。こういう戦闘のときはそれがよみがえる。今日、彼は手当たりしだいに敵をなぎ倒し、まだあの呪いに憑かれているかのように戦った。それはたしかにいいことだ。だが……。
次の戦いが終わったとき、アーロンの殺戮の衝動はどれほどひどくなるだろう?レギオンを呼び出すはめになったら厄介だとサビンは思った。レギオンは血に飢えた小さな悪魔で、アーロンを神のように崇拝している。暗い衝動にとらわれたときのアーロンをなだめられるのはレギオンだけだ。間の悪いことにレギオンは今地獄で情報を集めている。サビンは地獄の状況も把握したいと思っていた。情報は力になるし、思わぬところで役に立つかもしれない。
突然アーロンが一人のハンターのこめかみを殴りつけた。ハンターは気を失って床に倒れこんだ。
サビンはまばたきした。

「どうしたんだ?」

「襲ってこようとした」

怪しいものだ。ところが次の瞬間、目に見えない縄をふりほどいたようにパリスが飛び出し、捕えたハンターを一人残らず殴り倒した。

「これでこいつらもしばらくアムンなみに静かにしてるさ」

サビンはため息をつき、別の戦士に目をやった。“征服”の番人、ストライダー。この男はどんな場合にも負けられない。負けると命にかかわるほどの痛みに襲われるから、勝つしかないのだ。これからの戦いに備えて脇腹から銃弾を掘り出しているのはそのせいだろう。いいぞ。ストライダーはいつも頼りになる。
“破壊”の番人ケインがサビンの前に歩いてきた。と、天井から石の破片が落ちてきてほこりが舞いあがり、ケインは首をすくめた。咳きこむ戦士もいた。

「あのな、ケイン。おまえも残ってくれないか?レイエスといっしょに捕虜を見張ってほしいんだ」

見え透いた言い訳だ。それは全員が見抜いている。
しばらく間があり、ゆっくりと開く入り口の岩がこすれる音だけが響いた。やがてケインがぎこちなくうなずいた。残されるのがいやなのだろう。それはサビンにもわかる。だがケインがいると助かるより困るほうが多いことがあるのだ。サビンは常に仲間の感情より勝利を優先させた。気分のいい選択ではないし、いつもそうするとはかぎらない。だが誰かが冷静な理性に基づいて判断しないと、全員がやられてしまう。
ケインが抜けるとなると、七対七か。頭数では互角だ。ハンターも気の毒に。同数でも勝つ見こみはない。

「ほかに残りたい者は?」

あたりに“いない”の言葉が重なって響いた。高低さまざまな声にやる気がにじみ出ている。それはサビンも同じだった。
パンドラの箱を見つけるまで、戦闘は避けては通れない。だがパンドラの箱のありかの手がかりとなるのは聖遺物だけだ。四つの聖遺物のうちのひとつがおそらくここエジプトに眠っている。だからこそこれからの戦いはかつてなく重要なものになる。サビンはハンターにはひとつたりとも聖遺物を渡すつもりはなかった。パンドラの箱はサビンをはじめ彼が大事に思う者たちを皆滅ぼしてしまう。箱の力で戦士の体から魔物が引き出されれば、あとには命のない抜け殻しか残らない。
今日は勝つという自信はあるが、それには全力を尽くさねばならない。ハンターを率いているのはサビンの宿敵ガレンだ。“善と正義の守護者”を装ってはいるが、ガレンも魔物を宿した不死の戦士であり、人間には許されない情報に通じている。それはたとえば戦士を撹乱する方法であり、捕らえる方法であり、倒す方法だ。
ようやく壁の動きが止まり、アムンが中をのぞきこんだ。彼は入っても安全だと手で合図したが、誰も動かない。サビンのグループとルシアンのグループは、千年以上も別々に行動してきて最近ようやくともに戦うようになった。だから配置の取り方が身についていないのだ。

「中に入るのか、それとも奴らに見つかるのを待つのか?」

アーロンがうなるように言った。

「こっちは準備万端だ」

「その顔を見るとやる気ゼロってとこだな」

ギデオンがにやりとした。

「最悪だぜ」

まとめ役を買って出るしかないとサビンは思い、戦略を考えた。この数世紀、ハンターとの戦いに進展はなかった。ただ殺すことだけを考え、行きあたりばったりに戦ってきた。だが敵の数は増えこそすれ減りはしない。正直言って奴らの決意と憎しみは増すばかりだ。そろそろ新しい戦い方を考えないといけない。戦いの前にこちらの持ち駒と弱点を洗い直すべきだ。

「いちばん怪我の少ないおれが先頭に立つ」

サビンは銃の引き金に手をかけたが、しぶしぶベルトに戻した。

「怪我の軽い者と重い者でペアになってくれ。軽い者が敵を狙い、重い者はその間援護にまわる。敵はなるべく生け捕りにしろ。不本意だと思うし、本能にもそむくだろう。だが心配するな。捕虜はすぐに死ぬことになる。リーダーを捜し出して秘密を手に入れたら捕虜に用はない。おまえたちの好きにするがいい」

サビンの前にいた三人がさっと左右に分かれ、サビンに道をあけた。狭い通路に足を踏み入れたサビンのうしろに全員が続いた。忍ばせた足音以外何ひとつ聞こえない。電池式の照明が壁一面の象形文字を照らし出した。サビンはほんの一瞬だけ字面を追ったが、頭にイメージを焼きつけるにはじゅうぶんだった。その文字が表すのは、虜囚が一人ずつ残忍に処刑されていく様子だ。まだ鼓動を打っている心臓を生身の人間から取り出すというものだった。
ほこりっぽいすえた空気は人間のにおいがした。コロン、汗、食べ物の入り混じったにおい。ハンターはいつからここにいるのだろう?ここで何をしている?もう聖遺物を発見したのだろうか?
そんな疑問がサビンの頭に浮かんだとき、彼の中の魔物はすかさずチャンスをとらえた。“疑念”の魔物はそうせずにいられないのだ。

もちろん奴らはおまえの知らないことを知っているぞ。おまえを倒すほどの情報かもしれない。おまえの仲間も今夜が顔の見納めかもしれないな。

“疑念”の魔物はサビンが酔いつぶれでもしないかぎり嘘がつけない。相手を打ちのめすために魔物が利用するのは嘲笑と猜疑心だけだ。この地獄の落とし子がなぜ嘘を利用しないのかサビンにはわからなかった。魔物にも魔物なりの呪いがあるとしか思えない。だがサビンはもうあきらめていた。といっても今夜は魔物に屈するつもりはない。勝手にするがいい。来週は寝室にこもって、よけいなことを考えないように読書に没頭するからな。

だめだ、えさがほしいんだ。

魔物が不平を鳴らした。猜疑心がかきたてる不安が魔物のえさなのだ。
すぐにくれてやる。

早くしろ。

サビンが足を止めて片手を上げると、背後の戦士たちも止まった。前方に部屋があり、ドアが開いている。声と足音、そしてドリルらしき音が響いてくる。
ハンターは自分たちしか見えていない。これでは不意打ちしてくれと言っているようなものだ。お望みどおり、しかけてやろうじゃないか。

いいのか?

サビンの警告を無視して魔物が口を開いた。

不意打ちされるのはもしかしたら――

おれのことは忘れろ。約束どおり、えさをやろう。
サビンの頭の中で喜びの歓声があがった。“疑念”の魔物はピラミッド内のハンターに向けて心を解き放ち、ありとあらゆる破壊的な猜疑心を吹きこんだ。

何もかも無駄だ……間違っていたらどうする……とてもかなわない……すぐに死ぬぞ……。

会話の声が消えていった。泣き声をもらす者さえ現れた。
サビンは指を一本立て、さらにもう一本立てた。三本目の指が立った瞬間、戦士たちは雄叫びをあげていっせいに飛び出した。

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